Clarence Gatemouth Brown

Clarence Gatemouth Brown

1924年ルイジアナ州ヴィントン生れ、カントリーフィドラーの父の影響で小さい頃からフィドルを弾き始め小学生の頃にはステージに立ち人気者であった。1947年にマックスウェルディビスオーケストラとレコーディングをしてこれが彼のデビューアルバムとなる。T-Bone Workerのバンドの一員として活躍するも独立しソロ活動を始める。

その後発表した(Okie Dokie Stomp)がヒットし一躍スターダムに上がるも一大決心をしバンド活動を休止し法律の勉強を始める。

1967年ニューメキシコ州の保安官代理となる。

その後ルイジアナ州に戻り連邦保安官となりルイジアナ州スライデルに居を構え当時としては珍しい黒人連邦保安官として注目されるこれが期となり生涯の名誉保安官としてルイジアナ州から任命される。

その後ミュージシャンとして現役復帰 独特のギター奏法と歌で多くの名曲を世に出し続ける。 スケールの大きなスイングとモダンなスタイルは沢山のミュージシャンに影響を与え数々のヒットアルバムを残した。

又、グラミー賞も81年発表の(Alright Again)で受賞 数々の賞にも輝いている。

社会的にもゲイトマウス財団を作り黒人の法学生の支援の為に尽くしルイジアナ州ボガルサ市の名誉市民にもなっている。

残念ながら2005年8月29日ルイジアナ州や南部一帯を襲ったハリケーンカトリーナの被害に遭い自宅、牧場の愛馬、楽器全てを失ったゲイトマウスは避難所生活を余儀なくされ その後、実弟に救われたが 闘病中であった肺癌が悪化2005年9月10日その81年の偉大な生涯に幕を降ろした。

彼の残した偉大な音楽と人生に合掌!

ちなみに当社のBLUES GUITARは彼の協力無しには日の目を見る事は無かったと思います。当社代表のMr MoonyはMr Gatemouthから日本の息子と呼ばれその関係は公私を超えた堅い絆で結ばれておりました。当社にとっての偉大な恩人であります。

Clarence "Gatemouth" Brown(Wikipedia)

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